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せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

リハビリ 2

 言葉と言葉が羅列になって言葉と言葉のつながりが溶けていって言葉と言葉が煙草の煙のようになってどこかへ消えてしまうこと。

 街を眺めていた。街のなかを歩いている人はさまざまで、これから家に帰る人、これから街を楽しむ人、そのどちらとも言えない人。そんな人たちが混在していてうまく均衡が保たれているような気がする。
 歩く人たちは、それぞれがさまざまな話をしている。楽しそうに話す人もいれば、淡々と話す人、一方的に話す人、話しというよりも叫びに近い人、酔っぱらい。一人きりの人は話しをしていない、当たり前か。そんな断片的にわたしの耳へ入ってくる声、そのそれぞれが意味のある音、言葉なのだなあと思う。
 仕事帰りのおじさんたちはこの間岐阜に行ったということを話していた。それは仕事でなのかもしれないし、旅行なのかもしれないし。親戚の家に行ったのかもしれない。とりあえず、何かそういう会話が前後にあって、それで楽しかったとか、嬉しかったとか、こういう出来事があったとか、そういう話が続いたのだろう。岐阜に行った、と一言だけ言って話が終わってしまうことはあまりない。
 とにかく、そんな言葉の渦。街を覆う言葉の渦は、ただの羅列ではなくって、それぞれが意味とともにある。彼らの言葉たちは独立したものでなくて、少しずつ、お互いに影響を与えあっている。誰かの言葉を聞いて何かを思い出したり、誰かの言葉のお陰で何かに気づくことができたり。
 そんな感じで少しずつ蠢いている街のグラデーションはきっと、有機的な均衡に保たれている。そんな色彩がこの世界を、ぐるっと覆っていて、それはわたしの想像力の範疇を超えてはいるけれど、たぶんそうなのだと思う。そう思う。

 そのなかに腰掛けている、ベンチに腰掛けているわたしの言葉もそうであったらといいなと、そうであるに違いないと思っているのだ。