せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

うらやましい

 うらやましい。うらやましいということを、初めて感じたのはいつだろう。漠然とした気持ちのあつまりが「うらやましい」になったのは一体いつのことだろうか。
 それは、うらやましいという言葉を初めて知ったときかもしれないし、それとも、そんな言葉を知る以前から「うらやましい」をかんじていて、言葉を得たあとになって、あああれはうらやましいというのだ、と気づいたのかもしれない。いずれにせよ、どこかの瞬間でそれは「うらやましい」に変わったのだ。うらやましい以前と、うらやましい以後。それで世界は変わっただろうか、うん、たぶん大きく変わっただろう。

 なにかをうらやましいと思うということ。それは、自分の中にはないもの、あるいは足りないものを、他の人やものに感じて、求めてしまうこと。自分もそれが欲しい、そうありたい、と思ってしまうこと。そしてそういうことは、良くも悪くも自分自身をつくりあげるための大きな原動力となっていたりする。意識せずとも、うらやましいはわれわれを日夜動かしつづけている。

 そうそう。わたしがうらやましい以前から、うらやましい以後へと移行した瞬間。それはたぶん飛行機のなか。
 わたしがまだ小さいころ、親の会社の社員旅行へ、両親とともにでかけたことがあった。生まれて初めての飛行機で戸惑っていたわたしは、ってそんな記憶はほとんどないのだけれど戸惑っていたのだろう、たぶん、同行していた他の子どもが持っていたゲームボーイをじっと見つめた。
 生まれて初めて乗った飛行機で、生まれて初めてゲームボーイを見た。ピコンピコンと音を立てるゲームボーイを夢中になって操る年上のお兄さん。わたしはずっと、ゲームボーイを見つめ、生まれて初めての、うらやましいをいだいた。
 長い間じっと見つめていると、お兄さんはすこしだけわたしにゲームボーイを、貸してくれたりした。たぶん。