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せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

とある島の風景と『RADIO ONSEN EUTOPIA』

音楽を聴くと、それに付随するイメージが浮かぶ。そのイメージは思ったよりもかなり長いこと、身体に染み付いているみたいだ。それはいいことでもあるし、悪いことでもあるし。

バロック時代の作曲家、ヴィヴァルディの書いたヴァイオリン協奏曲集『四季』はどれもとても綺麗な曲だ。しかし、わたしはこれを聴くたびに小学生時代の掃除の時間を思い出してしまう。掃除のBGMがこの四季だったのだ。
しかも、その十分だか、二十分だかの間に流れていたそれは『四季』のそれぞれの聴きどころが抜粋されて小綺麗にまとめられていたものだっただけに、完璧にこの四季という曲集は掃除の曲なのだというイメージが身体に染み付いてしまった。物心つく幼少の時期に六年間もそんなことを繰り返していたら無理もない。
このイメージはたぶんもう一生消えることはないのだろうと思う。畜生、なぜだ。でももしかしたら、一流のオーケストラの、とてつもなく素晴らしい演奏を聴いたらこれも変わるかもしれない。それは充分にあり得る話だ。

でも音楽に付随してしまったイメージというのは、かならずしも悪いことばかりでもない。バンド・相対性理論のボーカリストでもあるやくしまるえつこが昨年に出したアルバムで『RADIO ONSEN EUTOPIA』という作品がある。
これは2012年12月にNHK-FMで放送されたラジオセッション「やくしまるえつこ"みんなのクリスマスセッション"」をもとにしたアルバムである。彼女のオリジナル曲はもちろん、NHKみんなのうた」の楽曲のカバー曲が5曲も入っている。
スタジオライブ音源にも関わらず、彼女のいつもと変わらない不思議な世界観が、いやむしろそれが生々しく現れているところに、驚きを感じる。個人的には「みんなのうた」の曲たちのおもちゃ箱をひっくり返したような世界が、彼女のそれと絶妙な化学反応を起こしているようで、一つの作品としての深みを想う。

話は戻って、このアルバム。去年の夏、わたしはとある島に住む友人の家にいて、そこでこのアルバムの存在を初めて知った。どういうわけか、彼女がこのアルバムを出したという情報は少しもわたしの耳には入っていなかった。
そしてその島にいた間、いろいろな音楽を聴いていたけれどとくにこの作品をよく聴いていた気がするし、一番強く印象に残っている。『RADIO ONSEN EUTOPIA』を聴くたびにわたしはその島の風景を、思い出すのだ。
その島はとても幻想的で、サイケデリックだった。こんな素敵なアルバムに、そんな素敵なイメージが付随することになるだなんて、なんて素敵なことなんだろうかと思った。こんな素敵なことが、世の中にはあるのだなということをしみじみと思うのであった。