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せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

愛してると山奥で叫ぶと愛してるとやまびこが返ってくる

 この国のあらゆる橋には名前がついていて、それはとてもすごいことだと思います。

 嘘だと思ったらあなたがいつも通る橋をよく見てみて。付け根のあたりに必ず名札がついているから。この前通った全長3メートルもないような小さな橋、橋と言われなければ橋であることをだれも意識しないであろうその橋の足のあたりには「諏訪橋」という古いプレートがついていて、とても驚いたのだった。諏訪とはなにも縁もゆかりもなさそうな場所だったのだけど。諏訪から移り住んできた人たちが作ったのかしら。
 それで思い出したのだけど、むかしバイクでだれも人の住んでいない峠道を走っていたとき、橋の名前をひとつひとつ読み上げていたことがあって。延々とハンドルを握っていると何もやることがなくてこういうことを自然と始めてしまう。どんな橋にも必ずプレートはついていて、その名前を言ってそれと認識できる人がはたして何人いるのかというくらいに似通った橋ではあったのだけど、いろいろな名前がついていたのだった。
 だいたい、橋の名前というのはそこの地名からとったり、川の名前からとったりするのが相場だと思うけれど、そんなわけのわからない山奥のそれぞれに地名があるとは思えなくって、とても不思議に思ったことを覚えている。ここの川の石は赤っぽいものが多いから赤石橋、山田さんが工事のリーダーだったから山田橋、みたいなそのくらいのネーミング方法しかないような気がする。それとも、私が思うよりもこの地球の隅々には地名というものがつけられていたのだろうか。それはそれでどうやってその地名をつけたのという謎はあるけれど。

 小さなとき、橋はすごいなあと感心していた期間があった。川を直接的に渡るということは大抵苦痛を伴う、というかそもそも歩いて渡れないような川もたくさんある。じゃあそこに道を作ればいいじゃんという発想で本当に川の上に道を作ってしまうのだからすごい。橋っていつからあったんだろう、と思ってあの浮世絵を思い出してああ、少なくとも江戸時代にはあったのだろうと思った。いや、牛若丸が弁慶と戦ったのは橋の上だったそうだから、相当の昔からある。すごい。
 橋ってどうやって作るんだろう、すごいなあ。大人になったらきっとわかるようになるのだろうなあと小さなわたしは思っていたのだろうけれども未だに橋の作り方はわからない。
「橋 作り方」で検索をしたらわかるだろうか、たぶんそれなりに納得する。そうしてすぐに忘れる。違うんだ、そうじゃない。そんなわかり方をわたしは望んでいたんじゃないんだ。必要に応じて考える、そして何となれば橋を作ることができる、能動的に。そんな風になりたいと、なれるものだと思っていたのだ。わたしは橋の作り方も知らないまま大人になってしまった。どうしよう。