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せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

「妄想赤ちゃん」第一回

 家に帰ると赤ちゃんがいた。正確に言うと、家に帰ってジャージに着替えてソファに座り、ぼーっと部屋を眺めていると、その存在に気がついたのだった。それは赤ちゃんだった。小さくて、頬はぷくっとオレンジ色に膨れた、赤ちゃん。いつからここにいたのか、それともわたしのあとをつけてきたのか。それすらもわからない、今日は疲れてぼんやりとしていたから。しかしついてきたというのは変な話だ、この子は歩くことはできないだろう。だとすると、ここにいた。果たしていつから。どうして。目をこすってみた。それでも赤ちゃんは堂々とそこに寝そべっていたのだった。

「この子はきっとわたしの子なのだ」
 直感的に、そう感じた。不細工な赤ちゃんだった。これもわたしに似ている。いやしかし、そういうことではなくって、それはわたしの、わたしの身体の一部であった。そうとしか、それ以外には考えられなかった。そういうことを直感的に、無意識のなかで感じてしまった。
 赤ちゃんはとてもよく動く。小さなソファベッドに登ろうとして、手を伸ばしていた。そこには段差がある、その段差をきみは飛び越えることはできない。それをまるで知らないかのようにきみは、手を伸ばす。手を叩きつける。何度も。
 わたしは赤ちゃんに手を伸ばした。すこし冷たく感じた。大丈夫、と声をかけたが返事はない。当たり前だ。寒がっている赤ちゃんにはどうしたらいいのだろう、とりあえず部屋の暖房をつける。久しぶりの暖房はすこし効きが悪くなっていた気がした。赤ちゃんは何を食べるのだろう。ミルクを温めてあげたらよいのだろうか、とりあえずコンビニに買い物に行こう。しかし部屋を空けるのは心配だ、赤ちゃんがどうにかなってしまったらどうしよう。赤ちゃん。わたしの赤ちゃんだ。

 赤ちゃん。これは、わたしの一部であって、この空間でいま息をしているのはきみとわたしだけ。きみと鼓動はわたしと同期して、ひとつになる。わたしの瞳に映るきみの瞳にわたしの瞳は映る。わたしはあなたをかならず守ってみせる。あなたがこの世界に現れて、現れたことを疑うこともせず、世界を愛することができるように、わたしはあなたに愛をささげる。惜しみない愛を、こぼれるくらいの愛を。あなたが大きくなったころ、この世界がどうなっているか、わからない、明日のことだってわからないのだ。けれどもわたしはあなたを大切にしようと思った。この世界がどうなろうと、これは変わらないことのような気がした。赤ちゃん。赤ちゃんを眺めているとそんな気持ちが目まぐるしく現れてわたしの胸と心と頭がどうにかなってしまいそうでわたしの抱え切れる以上の複雑な感情が体内を血流として流れているのを感じてそれでもきみはそんなことはなんにもわからないだろう、わからなくていいのだ。だってきみはわたしの赤ちゃんだから。きみはただこうして、寝そべって、地を這って、よく泣いて、わたしを見つめてくれたらいい。いいのだから。(続く)