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せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

大丈夫、まだなんとか生きていける、わたしは死なない

 右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても坂道。坂道地獄。保土ヶ谷区のどっか。坂道しかなかった。坂だらけの人生。みたいな。うふ。
 坂の上にある大学、高校の同級生がその大学に通っていた。近くの、学生寮に泊めてもらった。まだ十代のころ。国際色豊かな学生寮だった。窓の外を眺めていると、どこからかギターの音が聞こえてきた。話し声が聞こえる。夜だった。ぼくたちは煙草を吸ったり、100円ローソンで買ってきたお酒と、おつまみをつまんだり、携帯をいじったり、他愛もない話をしたり、煙草を吸ったりした。

 そこは横浜、という言葉からイメージしていたものとはおおよそ違う街だった。横浜にこんなに坂があるなんて知らなかった。しかしよく考えると横浜、と言ったってものすごく広いし、坂の一つや二つあってもおかしくない。いや、一つや二つという次元ではない。無数の坂が、無数に続いていた。歩いてしかいけないような民家がたくさんあった。よくこんなところに家を建てようと思ったなあ。感心しながら歩いていたり、した。
 坂を登ると丘があった。たくさんの丘のうちの、ほんの一つの丘。丘には公園があった。小さな公園で子どもたちがよくわからない遊びをしていた。くるくると回りながら、灰色のビニールのボールを投げあっていた。何らかのルールがあるようだったけれど、よくわからない。とりあえずは楽しそうだった。
 公園からは夕暮れに包まれようとする街が見えた。近くには轟々と音を立てる横浜新道が走っていた。
 泣きたくなった。いや、正確に言うとこんなときにすぐに泣けたら良かったのになあ、と思った。この街に、たくさんの物語があって、わたしはきっと、それを一つも知ることはできないのだ、一つとも交わることはできないのだなあと思うと、とても悲しい気持ちになった。よくわからないけれど。それだけ、その景色は美しかった。美しかったような気がした。
 帰り道も坂だ。相変わらずの坂。だけど帰り道は下り坂だから、すこしは楽かなあ。まだまだ登ってもいいけれど。坂道。右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても坂道だった。