インドカレー概論〜理論と実践〜
カレーとは何か。カレーと言えばここ日本においても馴染みが深く、学校の給食にさえ出たりする。誰もがあの味を、香りを、容易に想像することができるだろう。
しかし、このカレーの定義を言え、と言われると困ってしまう。これはかつて、カレー専門店を休業に追い込み、店主をインドへと旅立たせたほどの破壊力のある哲学的命題である(cf. 花咲アキラ「美味しんぼ」24巻、小学館)。
さてこの問いにわたしなりに答えるとするならば「コリアンダー・クミン・ターメリック・唐辛子などのスパイスと、玉ねぎ・ニンニク・ショウガなどの野菜を炒め合わせ、具材を入れ煮込んだもの」と言える。ただここで注意しておきたいのは、これはいわゆる「インドカレー」についての話である。小麦粉の入った日本的なルーカレーや、欧風カレーはまた話が違ってくる。それについては今回は言及しない。
もうひとつ注意しておきたいことは、インドやネパールにはカレーという言葉がない。インド人は毎日カレーを食べるとはよく言うが、それは私たちからみるとすべてカレーに見えるというだけであって、中身は全然違ったりする。前述の基本的なスパイスを使った炒め物や煮物を、欧米人が勝手にカレーと呼んだだけだ。しかし他に言いようもないので、こちらとしても「カレー」と呼ばせてもらう。ご了承いただきたい。
さて、前置きが長くなった。レシピに入る前に、まずはインドカレー作りの基本的な考え方について。レシピも含め、これからの話は本当に基本的な話になるので、カレーを作り慣れている人は何を今更と思うかもしれない。しかしこの辺をしっかりと解説しているものは少ないので、参考になればと思い、書く。
まずインドカレーはスパイスの分量と炒める順番さえ誤らなければ非常に簡単な料理である。スパイスにはざっと三種類があり、初めに油に香りを移すためのスタータースパイス、味をつけるパウダースパイス、最後に香り付けをするガラムマサラなどのスパイスだ。
スタータースパイスはすべてホールのスパイスを用いる。スパイスの香り・旨味成分は脂溶性であるため、多量のサラダ油で炒り、味を油に移すという工程が必要になる。パウダースパイスのみでもカレーは作れるが、物足りないものになってしまうのでこの三つは必須。
そして、インドカレーはダシをとらない。スープカレーのように鶏ガラなどでダシをとるものもあるが「サッと作って、長く食べる」をここでは基本としたい。インドの家庭でもきっとそんな感じなのだろう。たぶん。ダシをとらない代わりに、ニンニク・ショウガが旨味の肝となる。
以下のレシピの目安はだいたい1〜2時間の工程になる。1時間で作って、数日間食べられるスタミナ溢れるスパイシーな煮物、それがインドカレーだ。
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【インドカレー(北インド風)基本レシピ】
(4〜6人前)
☆材料
玉ねぎ 2〜4玉
ニンニク 1/3〜1玉
ショウガ 適量(100円のパック半分〜全部)
トマト缶 400mlひとつ
手羽元 4〜8本 →最近(2018)は胸肉を使っている。安くて栄養価が高くオススメ。煮詰めても崩れにくいところも良し
ヨーグルト 100〜200ml →入れなくてもよし(後述)
サラダ油 50〜100ml(少なくとも鍋の底が浸るくらいは必要)
塩 小さじ1〜2
☆スタータースパイス(すべてホール)
クミン 小さじ1〜2
クローブ 5粒程度
カルダモン 3粒程度
ブラックペッパー 0〜小1/2
唐辛子(鷹の爪) 2本〜
(揃えるのが面倒臭いという人は、クミンだけでもOK。これだけで全然変わる)
☆パウダースパイス
コリアンダー 大1小2
クミン 小2
ターメリック(うこん) 小1
レッドペパー 小1
シナモン、ナツメグ、ブラックペッパー等 適量
(カレーパウダーを大さじ3でも良し。ていうか、あらかじめブレンドしておいたものの方が味にまとまりがあったりする。香りを求めるなら単体で入れた方が良い)
☆香り付けスパイス
ガラムマサラ 適量
カスリメティ 適量(あると最高だが手に入りにくいのでなくても良い)
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① スタータースパイス
鍋の底が浸る以上のサラダ油を熱し、スタータースパイスを投入。すべて同時に入れて構いません。インドカレーはヘルシーというイメージがあるかもしれませんが、油は大量に使用します。スタータースパイスは焦げたらお終いですが、パチパチと音をたてるまで弱火で5分くらい炒めたほうがいいかも。焦がさないように気をつけて。
② 玉ねぎ
玉ねぎをみじん切りし、投入していきます。玉ねぎに油を吸収させていくような感じです。飴色になるまで炒めると甘みが増し、味が安定しやすくなります。
※ 最近(2018)はこのタイミングで塩を入れています。玉ねぎの水分が早く抜ける気がします。
③ ニンニク・ショウガ
玉ねぎが充分炒まったところで、すりおろしたニンニク・ショウガを投入。焦げやすいので要注意。香りが出てくるまで弱〜中火で炒める。旨味のベースとなるため、重要な工程。
唐辛子が好きという人は、このタイミングで追加すると美味しく食べられます。
④ 鶏肉、パウダースパイス
鶏肉とパウダースパイスを投入。鶏肉の表面に焼き色がつくまで炒める(このへんは適当で良い)。
⑤ トマト缶、ヨーグルト、水(水分系)
トマト缶を入れ、5〜10分ほど煮詰める。トマトは酸味が強いものが多いので、煮詰めて味を落ち着かせます。普通のトマトでもいいのですが、カットタイプの缶がおすすめ。
そのあとヨーグルト、水を入れさらに煮詰めます。水はだいたい100〜200ml程度、お好みで。中火〜強火で一気に煮詰めます。水分を蒸発させることで、粉っぽさがなくなり、味がしまっていきます。
煮込みすぎるとせっかくの香りが飛んでしまうので、10分程度で構いません。馴染ませるために最低限煮込む、という感じ。ここはよく間違われ気味。
※ 最近(2018)はヨーグルトは入れないことが多いです。トマトとの相性によっては味がまとまりにくくなることもあるので、入れないほうがうまくいきやすいかも。入れる場合は、事前に必ずかき混ぜて常温にしておくこと。冷蔵庫から直で投入するとダマになります。
⑥ 塩分、香り付け
最後に、塩を入れて味をまとめます。塩はどのタイミングで入れても良いのですが、後半に入れた方が調整が容易です。まず小さじ1杯入れて、味見をするとたぶん物足りないと思われるので、小さじ1程度足していくと丁度いいポイントが見つかります(なら最初から小さじ2杯入れろ、と思うかもしれませんが微妙な具材の分量の違いで適正量が変わるため、少しずつ調整するのが無難)。
最後にガラムマサラ、シナモン、ブラックペッパー、カスリメティなどで香り付けをします。この辺はお好みでどうぞ。
⑦ 最終調整
さて、これどほとんどカレーは完成していますが、味が何か物足りないということが往々にしてあります。そんなときは以下を参考にしてみてください。
・酸味が強い →煮詰める。もしくは砂糖を小さじ1〜2程度投入してみる。
・辛味が足りない →レッドペッパー(チリペッパー、カイエンペッパー)を小さじ1ほど投入して少し煮詰める。後から辛さを調整すると不自然な辛さになってしまうので、できれば早い段階から味見をして調整すると良し。
・旨味がたりない →すりおろしたニンニクをサラダ油で少し炒めて投入。ニンニクは偉大です。うま味調味料には頼らないで欲しい。
・何かが物足りない(≒塩味が足りない) →塩を小さじ1/2ほど投入。入れすぎると取り返しがつかなくなるので要注意……
・なんかしっくりこない →軽く煮詰めたあと火を消して、半日くらい放置してみるともしかしたらまとまるかもしれない。
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もの凄く基本の、何の変哲もないインドカレーだが、ざっとこんな流れになる。インドカレーのレシピは、本やネットの記事などを見ると多種多様なのだが、上記のものは基本の最大公約数的なレシピとなっているのではと思う。ここからすこしずつスパイス・具材などアレンジをしていく感じ。
ちなみに、ヨーグルトの代わりにココナッツを、クミンの代わりにマスタードシードを使うと南インド風となる。南インドカレーは最後に香り付けしたオイルを振りかけるテンパリングという工程があったりと、微妙に作り方が異なったりする。ちなみに上のレシピの⑤でココナッツ缶を投入するだけで爽やかなココナッツ風味になったりするので、お試しあれ。
また鶏肉を加えるあたりで、ナスやキノコなどの具材を入れるとバラエティ豊かなカレーになる。ただ、日本式カレーでお馴染みのジャガイモは、煮崩れしやすいので注意が必要。入れる場合は、あらかじめ軽くふかしておき、トマト缶のタイミングで投入するとよい。その場合水はほとんど入れないでOK。ジャガイモはメインの具材となるので、肉は入れなくても充分美味しくなる。肉を入れない場合は香り付けのスタータースパイスを少なめに。安上がりで美味しく作れるので、肉なしジャガイモベジタリアンカレーを筆者もよく作る(これはカレーというよりサブジと言った方がいいかもしれない)。
さて、いかがだっただろうか。インドカレーは、思いのほか簡単に作れる料理なのだ。スパイスは輸入食品店に行けばだいたいのものが揃う。初期投資はすこし高くつくが、すこしのスパイスでバリエーション豊かなインド料理が作れるので持っていて損はない。
スパイスの世界は本当に奥が深く、作るたびに新たな発見がある。同じカレーというのは二度と作ることができない。ぜひ、あなたもカレーを研究し、あなただけのスペシャルなカレーを作って大切な人たちに食べさせてあげて欲しい。(了)