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せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

「どうでもいい話」

どうでもいい話を書きます。あ、どうでもいい話を書くのに「どうでもいい話を書きます」だなんて、わざわざ前置きをするわたしはなんて紳士なのかしら。
この前置きのおかげで、みなさんは、このあとのお話を読む前に「あ、これはどうでもいい話なんだ」と前もって身構えておくことができましょう。中には「どうでもいい話なら読まない」という方も、いらっしゃるかもしれません。それはそれで、けっこうなことです。なぜなら、どうでもいい話を読むために、貴重なお時間を無駄にしてしまったということがあっては、こちらとしても胸が痛むからです。
そしてひょっとすると、どうでもいい話こそ読みたい、なんて奇特な方さえもいらっしゃるかもしれません。そんなあなたには、まさにうってつけの話であるはずです。奇特なあなたを、きっと満足させられることだろうと思います。
ここまで説明したところで、自分のことを紳士だなんて言ってしまうわたしのそのこころが、きっとみなさんにもわかってもらえたはずです。ところがこのようなさまざまな配慮もすることなく、自分勝手に振る舞うという人は、世の中にはたくさんいます。それはたいへん悲しいことです。
やはり大切なことは、相手のことを思いやるという気持ちなのです。文章であれば、読み手のことを思いやる姿勢、ということになりましょう。これが欠けているものはだめです。
その点、わたしのこれは、配慮にみちあふれています。「どうでもいい話を書きます」とあらかじめ注意をしておくということは、ある意味で、思いやりの現れ方のひとつの極点であります。読み手のことを思いやる気持ちがあまりにも強大なものとなり、内省的にまでなってしまったがゆえに「どうでもいい話を書きます」という思慮深い言葉が自然と、湧き出てきたのです。
そして素晴らしいことに、その前置きがひとつあるおかげで、どんなことだって、書くことができるのです。素晴らしいことだと思いませんか。(了)