せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

「太陽の真下」

朝起きるとそこは太陽のちょうど真下の広場、みたいで、とっても眩しかった。カーテンを閉めるのを忘れて寝てしまったのだと気づいた。おかげでこんなに早く目が覚めてしまったのだけど、不思議と眠くはなかった。

わたしは毎朝起きるとすぐ、CDをかけるようにしていた。大きさの合わない本棚に並べたCDから、どれを流そうと選ぶのがとても好きだった。再生ボタンを押して、背伸びをしたあと、ココアを飲むことにした。
ココアをすすりながらぼうっと部屋を眺めていると、急にオシャレなことがしたい、と思った。オシャレなことがしたい。たぶんわたしは、オシャレなことをするべく今日は早起きをしたのだろう、この天気も、そのためにあるに違いないとさえ思えた。
オシャレことというのは何だろう、と思うと、真っ先にコニシさんのことが頭に浮かんだ。コニシさんは、いつも体より大きめの、見たことないような色のシャツや、魔法使いみたいなコートや、よくわからない形の上着を着ている。たぶんわたしなんかが着たら、お化けのようにみえてしまうと思うのだけれどそれを当然のように身につけている、コニシさんはすごい。
コニシさんは喫茶店に行くのが好きだ。わたしは、コーヒーが飲めないし、紅茶もあまり好きではないので、そういうお店に行くときまってココアを飲んでいた。500円のココア。500円の味がするかと言われると、どうも家で飲む森永ココアと変わらない気がしたので、いつも勿体無い気持ちになっていた。
「場所代と思えばいいんだよ。500円でイスとテーブルをひとつずつ借りる。ココアはおまけ」
そのことを話したら、コニシさんはこう言った。わたしにはできない考え方だなぁ、と思ったし、こういう風に考えられるコニシさんはとてもオシャレだなと思った。

なんとなく街へ出かけてみた。日曜日に、こうしてふらっと目的もなく街に出かけてみるのはオシャレなことな気がした。わたしのスクーターが、もう少し可愛かったらよかったのにといつもより強く思った。
前に教えてもらって、気にはなっていたのだけど一度も入ったことのない古着屋に入ってみた。店の中は洋楽のダンスっぽい音楽がかかっていて。可愛いなぁと思う服はたくさん見つかるのだけど、それはわたしが着て可愛いというよりは、誰かが着ているのを見たらきっと可愛いと思うだろうな、という感覚だった。くたびれた薄茶色のコートがとても可愛くて、手にとったら9800円と書かれていて、ギョッとした。
「そちら70年代のユーズドで、最近入ってきたばっかりなんですけどすごい人気なんです」
店員のお姉さんにそう言われて、手にとらなきゃよかったと思ったけれど、人気なんだと知ってちょっと嬉しくなった。言われるがままに試着をしてみたら、とてもじゃないけど似合わなくて、なんだかコートとわたしが分離して存在しているみたいに思えた。コニシさんだったらきっと似合ったんだろうな、そう思うと、すこし羨ましい気持ちになった。

コニシさんと一緒にランチをすることになった。なんとなくメールをしてみたら、ちょうど今日は街に来るつもりだったということで、一緒にご飯を食べようという話になった。街の外れの方にあるイタリア料理の小さなお店で、わたし一人だったらこんなところには絶対入らないだろうなぁという感じのところに連れていってもらった。メニューには、初めて見るような名前がたくさん書かれていた。パスタと言ったら、ナポリタンとカルボナーラ、あと明太子スパゲティくらいしか思い浮かばなかったけれど、アラビアータというのが美味しいとコニシさんから聞いて、それを頼んだ。

「コニシさんはこのまちが退屈だったりしないんですか。やっぱり、東京の方が楽しいですよね」
なんとなく、こんなことをコニシさんに尋ねてみた。
「そうだね、東京の方が、いろいろなものがあるよ。でもそれは形が違うだけで、どこにだって素敵なものはたくさんあると思う。ここの料理はとても美味しいし」
わたしは、すました顔でそう言うコニシさんを見ながら、なんとなくモヤモヤした気持ちを覚えた。コニシさんはずっと東京にいたからそんなことが言えるんだ、こんなに形が違ったら意味はないんだよと思ったけど口には出さなかった。

アラビアータはとても辛くて、まだ口の中がヒリヒリとしている。そのことをコニシさんに話したら、下を向いてとても気持ちよさそうに笑っていた。コニシさんは、次の春休みに東京の実家へ帰省すると言っていた。うちに遊びに来ればいいじゃん、とさらっと言ってくれたことがとても嬉しかった。行きます、絶対行きます、とコニシさんの目を見て喋ったあとに、コニシさんの笑顔をみてすこし、恥ずかしくなった。
駐輪場で上を向いたら、太陽は隠れてしまって、薄黒い雲がひっそりと迫ってくるのが見えた。雨が降らないといいな。そう思って、わたしはスクーターのエンジンをかけた。