せかいとことば

世界は言葉によってつくられているし世界は絶えず言葉を生み出しているし。雑多な文章をつらつらと。

石と貝を干す

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 ずっと水槽に入れっぱなしの石と貝、なんとかシュリンプはいっこうに孵化する気配がなかったので水を捨てて石と貝を取り出して窓際に干した。濡れていた石と貝はすぐに乾いた。

 窓際に石と貝を干して、これはなんだかおしゃれだと思った。よくわからんけど、窓際に石と貝があるというのは普通ではない、通常の状態ではそのようなことは起こりえないであろう。普通の暮らしをして普通の幸せを感じる人が果たして、窓際に石と貝を干すだろうか。その非日常性に人は、おしゃれさを見出すのである。

 ありきたりなものを人はおしゃれだと言わない。おしゃれとは日常の微妙な乖離、その機微のなかにこそ存在しうるものであって、それを意図的に作り出すというのは才能の必要なことである。才能のない私は幸運なことに、偶発的におしゃれを手に入れた。

 窓際に佇む石と貝を、乾ききったあともそのまま、風になびかせるのであった。

【DIY】ドアのスピード調整方法(閉まるのが速い/遅い場合)

  ドア。それはあらゆる建物についていて、毎日のように開け閉めされるものであるにも関わらず、あまり手入れのされないかわいそうなものでもある。友人の家に行くとものすごいスピードで閉まったり、逆に閉まるのが遅かったりと不便なドアをよく見かける。

  調整をしてあげると喜ばれることが多いので、調整方法を伝授する。って言うほどでもないくらい超簡単。

 

f:id:fhjnq:20170710235640j:image  ドア上部の付け根の方に、上の写真のような装置(ドアクローザーという)がある。この装置の側面についているネジをドライバーで時計回しに締めればドアの閉まるスピードが遅くなり、反時計回りに緩めればスピードは速くなる。たったそれだけなのだ!

 

  写真は旧式のネジが一つのタイプだが、最近のものはネジが上下に二つ付いているタイプが多い。なぜ二つあるかと言うと、ドアを開けて離した直後のスピード(初速)と、ドアが閉まる直前のスピードと二段階の設定ができるのである。ハイテク!

  上のネジが前者、下のネジが後者のスピードを調整している場合が多い。上のネジを緩めて、下のネジを締めれば「閉じるスピードは速いけど閉まるときの音はうるさくない」という、極めて理想的な状況を作ることができる。

 

  ただ、ネジの調整は微妙な加減が必要で難しいところもあったりする。うまくできない場合は、一度ネジを締めてスピードが遅い状態にして、ネジを一回転ずつ緩めて変化を見ながら調整していくといい。

 

  以上がドアのスピード調整だが、ドアクローザーの取り付け部や、ドアの固定部のネジ自体が緩んでいる場合があるので、これもついでに点検しておこう。開け閉めするたびに異音がする場合は、付け根の可動部を掃除したり、オイルを刺したりなどのメンテナンスも必要だ。

  理想的なドアに調整して、友達や隣人に差をつけよう!

【DIY】ガスコンロの修理方法

 ガスコンロ・カセットコンロは数年使っていればどこかが悪くなる。むしろ日々高温に耐えスープやらなんやらを浴びせられているのだから当然、よく頑張っていると褒めてあげたい。しかし、ガスコンロは構造が簡単だ。修理も簡単にできることが多い。

 まず、ガスコンロの故障には大きく分けて二種類がある。点火しないという場合と、点火はするがスイッチを離すとすぐに火が消えてしまう、という場合だ。この二つにわけて説明する。


※注意 以下の修理は必ずガスの元栓を閉じた状態で行うこと!


【そもそも点火しない場合】

 ガスコンロはガスを出すとともに、圧電素子(電子式ライターについてるやつ。ピエゾ素子ともいう)または電池によりスパーク(火花)を生じさせ、点火させるという仕組みとなっている。

 ガスは出ているが点火しないという場合、スパークがうまく当たっていないというケースが多い。この場合はまずバーナーキャップ(ノズル部分に乗っかってる重いやつ)を歯ブラシなどで清掃し、スパークの当たるべき部分と、スパークが出る針の先端をヤスリやドライバーなどで磨く。その後スイッチを押しても、スパークがうまく当たらず、うまく着火しない場合は針の位置をペンチなどで微調整していくしかない。この調整はなかなか加減が難しいので根気が必要だ。

 また、そもそもスパーク自体がうまく出ない場合は、電池切れの可能性がある。またはスパークにつながる電線や、発生装置に問題があるかもしれない。よほど過酷な使い方をしていない限りそんなことは起こらないと思うが、もしスパークが起きなければ、代わりにチャッカマンを点火装置として使えばとりあえずガスコンロは使える(面倒ではあるが)。

 

f:id:fhjnq:20170705184302j:image奥の針の先端からスパークが出る。スパークがバーナーキャップの出っ張り部分にうまくあたるように調整する。手前側の尖った金属部品は後述の熱電対。


【点火はするがスイッチを離すと火が消えてしまう場合】

 この場合は、立ち消え安全装置が誤作動している場合がほとんどである。ガスコンロは、スイッチを押して着火すると、熱電対という素子が外部と内部の温度差から起電力を生じ(ゼーベック効果という)電磁弁を作動させ、スイッチを離してもガスが出続けるという機構になっている。これがなければ、火が付いていないのにガスが出続けるなんてことが起きてしまい危険だ。この機能を考えた人は偉い。
 先述のスパークの出る針の隣についている、鉛筆の先端のような器具が熱電対だ。この部分が温度を検知しているので、ここが汚れている場合は綺麗に磨く。先端だけが火にあたるように、バーナーキャップから離すようにペンチで動かし調整すると改善する場合がある。
それでもうまくいかない場合、熱電対の配線が絶縁してしまっているという場合がある。ガスコンロのカバーを外し、配線をたどってみよう。断線していたり、途中に接続部分があれば一度外し、ヤスリなどで磨いたあとに再接続してみよう。また電線自体を取り替えてみるという手もある。
 数十年使っているものの場合、熱電対や電磁弁自体が劣化し駄目になっている可能性もある。この場合は部品取り替えになるが、業者に頼むと一万円近くかかってしまうので、素直に買い替えた方がいいかもしれない。

 

f:id:fhjnq:20170705184648j:image熱電対の配線部分。接続部のネジがサビにより絶縁していたため、磨いたら通電するようになった。接続された金属管の内部に電磁弁がある。


【その他の故障】

 そもそもガスが出ていなかったりする場合は、ホースが外れていたり劣化している場合がある。ホームセンターで同じ大きさのホースを買い、交換しよう。それでも駄目な場合は、ガスコンロ内部またはガス管の配管に問題がある可能性もある。この辺は下手にいじると事故の危険があるので、知識がなければ諦めて専門の業者に頼もう。



 ここまで修理方法を述べてきたが、もっとも大切なことは、日頃から定期的にメンテナンスをするということである。汚れなどを放置することが積み重なった結果、故障という現象として現れてしまうのである。調子が悪くなってからメンテナンスをする、という発想は捨てるべきである。

 ガスコンロは仕組みが簡単なだけに修理も簡単だ。ほんの数十分でできる修理でも、業者を呼べば交通費や部品代、工賃など合わせて少なくない費用がかかってしまう。正しいメンテナンス方法、修理方法を覚えて、ガスコンロを長持ちさせよう。


【参考】

ガスコンロピカピカ術!ガスコンロ部分別お掃除方法|リンナイ公式部品販売サイト R.STYLE(リンナイスタイル)
http://www.rinnai-style.jp/info/special/cleanmovie/?=homerecom

【DIY】自転車を無料で修理する方法

 自転車がパンクした。自分で修理をするのもやぶさかではないが、よく見るとタイヤ自体に亀裂が入っている。これはタイヤごと変えないとまたすぐにパンクするだろうから、タイヤ代だけでも2000円はかかってしまう……

 かたや街に目を向ければ無数の放置自転車があるではないか! タダで自転車が落ちているようなものなのにお金を払って修理するのは馬鹿らしいよなあと考えているうちに、すばらしい修理法を発明したのでここに記す。

 

【放置自転車からタイヤを抜き取る】

 パンク修理したいタイヤと同じ大きさのタイヤをつけた不要な自転車または放置自転車を探しましょう。ママチャリならだいたい26インチか27インチなので探せばすぐに見つかる。なるべく綺麗で空気が入っており、ホイールが曲がっていないものを選びましょう。

 修理したいタイヤが前輪なら前輪、後輪なら後輪を外します。キャップをペンチで外し、ナットをメガネレンチで外していきます(強く固定されているので、6点で締め付けるタイプのものを使うこと)。

 ここで注意するのは後輪の場合は前輪に比べて面倒なことです。ブレーキや変速機のワイヤー部分も外さなくてはならないので難易度が上がります。それに比べて前輪はただ外すだけだから楽。また、外すときにタイヤの向きを覚えておくとつけるときに役立ちます(別に逆につけてもそんなに影響はないのですが)。

 

【自転車にタイヤをつける】
 同じ要領で、修理したい自転車のタイヤを外して、先ほど抜き取ったタイヤをつけていきます。ここで注意するのは、元のタイヤを外す際にナットやワッシャーなどの順番を覚えておくことです。写真を撮っておいたり、部品を外側から順番に並べて置いておいたりすると作業がはかどります。外した部品はなくならないように布などの上に置いておくこと。

 最後に、外したタイヤは、先ほどタイヤを抜き取った自転車に戻しておくと良いでしょう。そうしたら処分する際についでに持って行ってもらえます。

 

 自転車のパンク修理はチューブのパンクであれば百均の修理セットで直すことができますが、初心者の場合手間がかかったり、かえってパンクが酷くなってしまうこともあります。またチューブやタイヤの劣化自体はどうしようもないもので、交換が必要になりますが、別の自転車と交換するこの方法であればお金が一切かかりません。慣れたら10分程度で作業することができます。

 また同様にしてカゴ、サドル、ハンドル、荷台、ペダル、ベル、ライトなんかの部品も交換することができます。まだ使えるのに捨てられてしまう自転車を活用して、お金をかけずに自転車を修理しましょう!(放置自転車から部品を取る場合は、管理者に許可を取ることを忘れずに)

海はどこへつながっているんだっけ

 時間を持て余す年寄り、常連という雰囲気のあるトラックの運転手、自動車で旅行をしたい家族や恋人同士、バイクや自転車で旅行をしたい若者。これらによって主にフェリーの乗客は構成されている。スーツを着たビジネスマンというのは、目的地へ着くまでに丸一日を要するような国内線のフェリーには存在しない。時間が無駄だからだ。もしかしたら、飛行機がどうしても駄目で、出張のたびになんとかお願いしてフェリーで行く、なんて人もいるのかもしれない。いや、そういう人は新幹線や特急を乗り継いで行くのだろうな。いずれにせよフェリーは、車で移動をしたくかつ目的地に着くまでの時間を短縮したい人、あるいは単に時間を持て余している人、により構成されている。

 さてさてこのフェリーの中で人びとは何をするかというと、部屋や広間でよくわからない衛星テレビ番組を見るか、延々と酒を飲むか、薄暗いゲームコーナーに置かれた十数年前のパチスロ機に興じるか、初めて聞いたようなタイトルが放映される映画上映会に足を運ぶかのいずれかである。もしくは寝る。優雅な洋上ではあるが所詮はこの程度しか選択肢はない。海を横目に本を読むのも乙であるが、船酔いをする人にはこれはおすすめしない。しかも船は揺れていてつねにどこかから振動音やきしむ音が響いているので集中できないかもしれない。家にいる時間からインターネットを引き算したものと言えばイメージが湧きやすい。どんなに頑張ってもパズドラもモンストもできないのだ。もしかしたらオフラインでもできちゃうのかもしれないけど。そこで人びとはしょうがなく、上記のいずれかを行うこととなる。

 

 移動手段には大きく分けて二つがある。移動する間に見える景色が大きく変化していくものと、あまり変化しないものだ。車や電車による移動は前者で、後者としては飛行機やフェリーがある。飛行機はまだいい、国内であればほんの一時間少々の間だから、居眠りをしていたらすぐに目的地であるが、フェリーの場合はそうはいかない。それは居眠りをするには長すぎるし、延々と同じような海を眺めているのも酷なことである。鳥や魚がたくさんとんでいるわけでもない。

 たまに、鳥を見かけることがあるのだが、彼らはいったいどこからどこへ向かっているのだろう。このあたりに陸地はないはずだが、疲れないのだろうか。疲れたら洋上へ浮かんで休めば良いのか、魚も取れるし。タフな奴らである。

 しかしそう考えると不思議なことは、海の波面には一つとして同じものはないはずで、つねに景色は変化している。しかし人はこれを変化とはあまり言わないだろう。どうして電車から見るそれはより変化していると言えるのであろう。脳内で対象物の大きさや色彩の変化の度合いによって区別されているのかもしれない。たしかに、北海道の十勝なんかの一本道を走っていると不安になることがある。ひたすらに同じような風景が続いていて、自分はもしかしたらずっとここを走り続けることになるのかもしれないという錯覚に陥る。そんなことはないのだけれど。延々と変わらないものを見続けるとき、そこにある深淵に手を引かれているようで人は、不安になるのかもしれない。

 

 そんなことを考えながらぼんやりと海を眺めていると、プカプカと浮かぶ球状の灰色の物体があった。ビーチボールか何かだろうか。それは移動しているはずなのに、水上に固定されているように見えた。そして二秒後には視界から消えた。それが何であったか確かめる術はない。無力である。

 海は広いな大きいな、という歌が昔あった。いや、今でも歌われているのだろうけれど。たまに、夏なんかに海へ出かけて、BBQや海水浴なんかをしてぼうっと海を眺めて「海は大きいなあ」だなんて考える大きさは結局は羊蹄山は大きい、というのと同じレベルであって、それは想像力の範疇を超えていない大きさだ。しかしこうして船上から海を眺めていると、なんていうかそれはもっと絶望的な大きさであって、人類がどうこうできる類のものではないのだと思う。思わされる。羊蹄山くらいだったら、人類の英知を総動員させれば消滅させることができるかもしれない。できないのかな? わかんないけど。しかし、海をなくそうと思っても、そんなことはこの文明が今後何万年も続いたとしても不可能であると思うし、そんな発想自体が馬鹿らしいと思う、それほどに圧倒的な存在感を誇る海。

 海を前にした人間の無力さを知った大人になれてよかった。漁師の人なんかはもっともっと知っているのかもしれないけれど。これくらい知れたら充分である。しかしそう考えると、海よりも宇宙というのはもっともっと、たとえば線と面を比べるように、比較するのも意味をなさないくらいに巨大なものであって、さてどうしようと思うので考えないことにする。宇宙のことを考えている人は偉い。